むかし、新庄の殿様に鷹狩の好きな戸沢定盛という殿様がいました。 ある日荒小屋の方面に鷹狩に出かけ、いつものように鷹を放ちました。 すると、鷹はそのまま雲の中へと飛び去ってしまったのです。 定盛公は、すぐに家来を 遣わせ鷹を追わせました。 しかし、 ついにその行方を知ることができませんでした。 すっかり失望してしまった公は、近くの八幡宮で深く頭を垂れて、
「八幡宮は武の神、 放鷹の祖と聞く。今、わが愛鷹、天空に消えて行く所知らず。 願わくば八幡宮の霊力によって、わが鷹を地に下ろし給え。」
と一心に祈ったところ、 霊瑞はたちまち現れ、鷹が雲の切れ目から矢のようにおりて来て、 定盛公の腕に還ったのでした。
 公は、今更ながら八幡宮の神徳のあらたかさを知り、城の東南、城下を一望のもとにおさめる旧鳥越楯の地を選定すると、壮麗な社殿を建立して荒小屋八幡宮をここに移しました。さらに宮守として当村の大蔵なる人を任じて良田50石を献じ、永く八幡宮の繁盛を期しました。
 以来数百年、鳥越八幡様は武の神として、また城下の巽の方角を鎮護する神として、武士・町人を問わず万人から崇められています。